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こうふの「はっこう」を訪ねて

発酵がもっと身近だった時代を伝える ひとつの町にこうじ屋ひとつ

訪ねた場所 :
冨士井屋糀店/五味醤油/おかめ麹

文:小野民 写真:土屋誠

蒸した米や麦に種麹をつけ、発酵させてつくる「麹(こうじ)」。麹は、味噌や甘酒などをつくるときに欠かせない原料です。長年麹をつくり続けてきた「冨士井屋糀店」、「五味醤油」、「おかめ麹」はいわば、甲府の発酵文化の縁の下の力持ち。この日は、五味醤油の発酵兄妹が、甲府でもっとも古い元禄元年(1688年)創業の冨士井屋糀店、石原彦八さんを訪ねました。

桃の節句に大にぎわい 甘酒用の麹を求めて

発酵兄

今日はよろしくお願いします。冨士井さんは甲府で一番歴史の長い麹屋さんなので、僕は父からいつも「ちゃんとしたものつくらないと笑われちゃうよ」って言われてきました。だから、背筋を伸ばしてくれる存在なんですよね。

五味醤油は明治元年(1872年)創業ですが、「麹屋」の礎を築いてくれたのが冨士井さんなので。

石原さん

いやいや、ありがとう。私も、五味醤油さんはいろいろと新しいことに挑戦しているのを見ているから、大したものだと思っていますよ。

発酵兄

ありがとうございます。そういえば、今、石原さんは何代目なんですか?

石原さん

13代目。

発酵兄

13代目!すごいなぁ。ちなみに僕は6代目です。

石原さん

そりゃね、ここで340年もやってりゃそうなっちゃうよね(笑)。

うちの甘酒飲んでみる? うちのはご飯を入れてつくるタイプ。どう? すごく甘いでしょ。

発酵妹

おいしいです。今日は寒いから温まりますね。
ヒグチモヤシさんの総代理店って書いてありますが、種麹も売ってるんですか?

「ヒグチモヤシ」は大阪にある種麹の会社。味噌屋や酒蔵など、麹をつくる仕事にとってはおなじみ
石原さん

うん。今は数年に1人くらいしか買いに来ないけど、昔は、農家が自分ちの米で麹をつくって、それで自家用の味噌を仕込んでいたわけだから、そのために種麹を買う人もいたんだよ。

それと、4月3日、旧暦の節句の時には、甘酒をつくるからってすごく麹が売れたもんだよ。その時期だけで1000人くらい買いに来てたんじゃないかな。

発酵兄

1000人! すごい。

石原さん

今も自分で味噌を仕込む人が多いし、このあたりは伝統を大事にする土地柄なのかもしれないね。節句の甘酒にしても、自家製の麹でみんなで味噌をつくったりとか。

そういう風習がなくなっていくのはちょっと寂しいね。

手前が「室蓋」ここに蒸した米を入れ、種麹をふりかけて麹をつくる
石原さん

そうそう、甲府にも前はもっと麹屋があったんだよ。うちがあるのは三日町、五味さんとこは金手で昔はそれぞれ町だったわけで、ひとつの町に1軒の麹屋があるのが当たり前だった。それだけ生活に麹が欠かせないものだったんだよ。

うちで使っている室蓋(むろぶた)はずいぶん古いでしょ。甲府市内の廃業した麹屋さんから譲ってもらったのもあるんだよ。

発酵兄

なるほど。こんなに近い距離に麹屋さんが3軒あるってすごいと思ってたけど、昔の暮らしの行動範囲で考えたら必然だったんですね。

発酵妹

そういえば、冨士井さんでは、夏は麹を買えないですよね。だからその間だけ五味醤油に麹を買いに来るお客さんもいますよ。そして販売が再開するとまた冨士井さんに戻る。そういうことができるのも、近い距離にあるからで、なんだかいいなぁと感じます。

麹にとっての一番は「手をかけてやる」こと

発酵兄

冨士井さんとおかめ麹さんは室蓋で麹をつくりますよね。僕らは室蓋は使わないので、そこが大きな違いかもしれません。

五味醤油は現在は床で製麴を行う。写真は麦麹
発酵兄

冨士井さんの麹は他にどんな特徴がありますか?

石原さん

うーん、そうだなぁ。とりあえずね、種麹は特別品を使ってる。

あとはね、つくる過程でちょっと違うやり方が一個あるかもしれない。それで、中へ食い込むのと外へ出る菌両方とも強くなるかな。

冨士井糀店の麹を売る単位はグラムではなく「1枚」。量るとおよそ750グラムくらいだそう
発酵兄妹

企業秘密?

石原さん

ずっと受け継いできていることだから、企業秘密というほどのことでもないけどね(笑)。
麹づくりでは基本的に、どれだけ中に麹菌が入っていくかが一番大事。際どいところまでしっかり温度を上げて……。

でも結局は、「今年は良くないね」って言われないようにがんばってつくってるだけですよ。いいものをつくってれば、分かってくれるお客さんがいる。それで満足。いい麹をつくるには、ちゃんと手をかけることが大事だと思います。

甲州味噌、諸説あり

発酵兄

甲州味噌の特徴は、米麹と麦麹の両方を使うのが特徴といわれますが、冨士井さんのところでは、米味噌と麦味噌をそれぞれ別につくって売っているんですよね。

五味醤油の場合は、味噌を仕込む段階で米麹と麦麹を混ぜてるんですよ。

大きな木の樽で味噌が醸される五味醤油の蔵
石原さん

うちではずっと別々に売っていて、混ぜるのはお客さん自身だね。食べてみる?

発酵兄

やっぱり米味噌は甘い。

石原さん

こっちの麦麹の味噌は香りが強くて甘みが少ない。

発酵妹

本当だ。香りすごい。

発酵兄

米味噌と麦味噌、こうやって改めて比べると全然違う。どっちもうまい。

石原さん

あとは好みだし、味噌汁の具によってどっちの味噌が合うかとか、どのくらいの比率がいいとかがあるでしょう。豆腐だったら米のほうがおいしいとかね、いろいろあるんだ。

発酵妹

みなさん両方買っていくんですか?

石原さん

両方買う人と片方ずつ買ってく人といろいろ。でも、山梨、というか甲府は昔は麦味噌の方が多かったよ。

発酵兄

そう考えると、甲州味噌の元祖は別々につくって混ぜてたのかなぁ。意外と味噌の歴史もわかっていないことが多いのかもしれませんね。

歩いてめぐるのが楽しい、甲府の酒場と麹屋と。

左から時計回りに、五味醤油、冨士井屋糀店、おかめ麹の麹のパッケージ。大黒、富士山、おかめと3つ並ぶとめでたさこの上なしです
発酵兄

最後に、石原さんが思う甲府のいいところを教えてくれますか?

石原さん

うーん、なんだろうねぇ。あ、飲み屋がいっぱいあること。

発酵妹

私たちと一緒だ(笑)。はしご酒がしやすいですよね。特に、冨士井さんは繁華街のすぐ近くだから。

石原さん

いくら酔っ払っても歩いて帰れるからね(笑)。

発酵兄

そうそう、最近は冨士井さんとおかめ麹さんと五味醤油をはしごする観光をする人もいるみたいですよ。五味醤油でお客さんにそういう話を聞くと嬉しいし、おかめ麹さんも「三軒回っている人来ましたよ」って教えてくれたりして、新しい流れだなぁって思います。

発酵妹

麹屋めぐりの後にはしご酒するの、楽しそうだな。

石原さん

そうだね。あ、もう5時になった?

麹の手入れしなくちゃいけない時間だから行かなくちゃ。じゃあ、またね。

発酵兄妹

あ、はい! 今日はありがとうございました。


※麹屋トークが行われたのは2月はじめ。麹も味噌もいわばシーズンの真っ盛り。同席できなかったおかめ麹の広瀬容子さんには、後日電話でお話を聞きました。

<おかめ麹の話>
おかめ麹も、冨士井屋糀店と同じように室蓋で仕込むスタイル。6000枚ほどのむろぶたがあるそうですが、やはり直しながら大事に使っています。冨士井屋糀店と違うのは、角が四角い蓋も使っていること。分かりやすいようにおおよそ「米麹は四角」、「麦麹は丸角」と使い分けているそうです。

大豆、大麦、米をブレンドした金山寺麹。金山寺味噌やひしおのレシピ付きで購入できます

話を聞かせてくれた広瀬さんは、曽祖父に聞いたという昔話をしてくれました。

「昔は大八車を引いてひな祭りに甘酒を売り歩いたそうなんです。それで美人の代名詞といわれていた『おかめ』の名前になったと聞きました。
ここは問屋街が近いので、『年に1回買い出しに来て、そのあとにおかめ麹に立ち寄ってたんだよ』なんて思い出話を年配の方から聞かせてもらうこともあります(広瀬さん)」

おかめ麹にまつわる昔話がはずむのは、店のたたずまいやそこで垣間見られる、つくり手の姿によるものかもしれません。麹や味噌のつくり方、木桶で熟成させる味噌……極力効率化せずに、「昔ながらの味を今に伝える」ことを大切にしてきました。

「老人ホームに入居して『味噌汁がおいしくないから』と食べないおばあさんがいたそうなんです。それでうちの味噌を食べて「これが私がつくっていた味噌の味だ」って言ってくれたと聞いて嬉しかったです。家族でやっている小さな店だからこそ出せる『おふくろの味』を作り続けていきたいと思っています(広瀬さん)」

冨士井屋糀店

甲府市中央4-5-33
055-233-2638
(夏期)9:00~17:00( 冬期)7:00〜16:00
(夏期)金・土・日曜日、祝日定休(冬期)日曜日定休
公式ホームページへ

五味醤油

甲府市城東1-15-10
055-233-3661
10:00~17:00
日曜、祝日、お盆、年末年始定休
オンラインマルシェのお店ページへ

おかめ麹

甲府市若松町6-34
055-233-4939
(月~金)8:30~19:00(土・日・祝日)8:30〜18:00
年始・夏期のみ臨時休業日あり
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発酵兄妹

五味醤油の六代目の兄妹五味仁と洋子。家業のかたわら、「発酵兄妹」として発酵文化を楽しく広めるため奮闘中。今回のオンラインマルシェではナビゲーターを務める。