日本のみならず、世界を見渡しても1、2を争う規模でジュエリー産業が盛んなまちだという甲府市。戦後間もなく創業した「秋山製作所」は、パールの空枠製作を得意とし、3代続く老舗の会社です。時代の移り変わりにときに翻弄されながらも、「発光のまち」でしなやかに家業を続けています。話を聞かせてくれたのは、約10年前に家業を継いだ秋山裕太郎さん。甲府が発光のまちである理由や、ジュエリーに対する想いを語り、作業場を案内してくれました。
採石地から職人が集まる場所へ
「発光のまち」甲府の成り立ち
秋山製作所さんと五味醤油は同じ城東地域にあるご縁もあり、以前はここでみそづくり教室を開催していただいたこともありました。秋山さんとは中学校も一緒です。でも、じっくり仕事の話を聞くのは初めてですね。
まずは、甲府が「発光のまち」である理由を教えてくれますか?
五味さんたちが去年の「はっこうを訪ねて」で行ったジュエリーミュージアムの展示とも重なりますが、山梨近辺では縄文時代に、水晶の矢尻を使っていたんです。他の地域では通常は黒曜石なんですけど、それくらいここでは水晶がよく採れたということです。
縄文時代から一気に江戸時代ぐらいに飛んで、その頃には産地として全国に水晶を納めるようになっていました。江戸時代に、京都「玉屋」の番頭弥助さんが水晶を研磨する技術を甲府に伝承したのがターニングポイント。採るだけじゃなくて、加工の技術も身につけたことが、宝飾産業が盛んになったきっかけだといわれています。
第二次世界大戦前後で、宝飾産業は軍事産業への転換を余儀なくされましたが、戦後アメリカ兵のお土産用につくった宝飾品で盛り返したようです。
水晶を起点に、宝飾にまつわるさまざまな職人さんが集まってきたのが特徴で、石を販売する人、石に彫刻したりカットしたりする人、研磨する人、そして売る人までいますからね。実は、歴史のある集積産地としては、ドイツのイーダ・オーバーシュタインに次ぐか、同等の規模です。
世界レベル! それは驚きです。
国内のジュエリー生産の約3分の1は山梨県のものですから。今は残念ながら減少していますが、身近にもジュエリー関係の仕事をしていた人がいたりするでしょう?
そうですね。五味醤油にも、昔秋山製作所で働いていた従業員がいますから。ところで、秋山製作所は、そもそもはどういうきっかけで創業したんですか?
私の祖父が、1948年にアパートのー室みたいなところで創業したんです。祖父は植木屋の出だったんですけど、戦後に奉公のようなかたちでジュエリー関係の仕事についた時に、「いい仕事をする」と言われたみたいです。
手先の器用さを生かして職人になって、徐々に規模を大きくして、今のかたちになりました。祖父は職人としてずっとやってきて、二代目の父は、大手ジュエリー会社で4年ほど修行をして、営業の概念を持ち帰って会社を大きくしました。
今はどのくらいの社員がいらっしゃるんですか?
工場で働いている人が14人、そのほか10人くらいの規模です。気づけば県内の業者さんの中では比較的古い部類の会社にもなっています。
父の教えは「好きなことを仕事に」
選んだのは、家業だった
秋山さんは小さい頃から家業を継ごうと思っていたんですか?
いいえ。「継ぐとか考えるな。自分の好きな仕事をしろ」って言われて育ちましたから。なんとなく、家で商売やっているから経営学部を選びましたが……そのくらいのものです(笑)。
大学を卒業して入社した会社も広告会社でした。30歳までは東京でがんばろうと思っていたんですが、2年目の夏に父親が体調を崩したのをきっかけに山梨に戻りました。だから、外での修行期間というのは1年半くらいしかないんですが、それでも外の会社で働いた経験は重要だなと思います。東京で就職した会社も家族経営だったんで、いいところも悪いところも共通点があって、勉強になりました。
確か、五味さんも一度外で働いていたんですよね?
そうですね。3年くらい働きに出ていて、帰ってきたのは2007年です。
山梨に帰ってきてからも、しばらくは積極的に何か仕掛けることはなかったんですよ。変なことをして会社を潰しちゃ嫌だなと思って、ずっと守りの姿勢だったんです。
でも2018年に70周年を迎えて、何かしなきゃと考えるようになりました。それで、いろいろと動き始めた成果のひとつが、2020年にリリースした自社ブランドの「SoëL」につながっています。なんでも、仕込み始めてからかたちになるまでには時間がかかりますね。
そう考えると、あと5年くらいしたら「自分はこういうことをしてきた」って自信を持って言えるはず。そうなっていたいです。
専門性を生かして
新しいことに挑戦する
先ほど、いろんな専門性があるとうかがいましたが、それでいうと秋山製作所が得意とする分野はどんなことですか?
祖父は飾り職人で何でもつくれる人ではあったようですが、アメリカ兵士のお土産の需要があった時代なので、真珠を使ったものを多くつくっていたようです。その流れで、今も取引先の8〜9割くらいが真珠関係の会社ではあります。
自分たちのことを「空枠屋」と呼ぶんですが、真珠とか色石が乗る土台を多くつくっています。とはいえ、会社の設備的には何でもできるし、企画、製作、販売までワンストップでできるのも強みだと思っています。
今日はちょっとおもしろいものをお持ちしましたよ。これは、上に真珠を飾るブローチですが、空枠も細胞みたいなかたちだし、2層になっていて、凝っているんです。きらきらした宝石に目がいきがちですが、やっぱり土台が美しくないと上に飾るものも映えないんですよ。
すごくきれいですね。
これは、山梨県立宝石美術専門学校の学生、森野渓登くんとのコラボレーション商品です。私は宝飾組合の青年部に入っていて、去年のオンライン交流会での森野くんのプレゼンを聞いて、おもしろいな、と。「商品化したいです」とお願いしました。
彼は1個ずつ手づくりしていたんだけど、我々はそれを量産して、使い勝手がよくなるように改良して、商品化しました。五味さんたちには後でこの空枠で作業の体験をしてもらいますね。
ジュエリーをもっと身近に
産地だからできることを探求していく
お話を聞いていると、ジュエリー業界はずいぶん変化しています。職人としてやっていたおじいさんの時代と現在では、事業をどう展開していくかも違いそうです。
コロナ禍でいえば、県内の業者さんで卸専門だったところが、ECを始める例がだいぶ増えました。
弊社も昨年、ECを始めました。でも実は、売り上げが厳しいからというよりも身につける人たちの「こういうのがほしい」とか「あの商品こうだったよ」というような率直な声が聞きたいからなんです。
お客さんたちの要望は商品づくりに活かせるし、卸売を充実させるうえでも、「こういう生の声があるんです」と言えるのは強み。卸売から小売に舵を切るんじゃなくて、卸売を充実させるためにECを始めたつもりです。
SoëLは、「お悩み解決型ジュエリー」をうたっているんですが、弊社は機能性を得意にしている会社でもありますね。ただジュエリーをつくるだけだと価格競争になっちゃう。デザインセンスを競っても、ちょっと体力的にしんどい。よそがやらないようなことを探していかないといけません。
私自身はあまりジュエリーに親しんでこなかったんです。でもお話を聞いて、せっかく甲府にいるし、もっと身近にしていきたいなと思いました。
秋山さんにとって、ジュエリーってどういうものですか? どんな風に楽しめばいいかの提案などもあれば知りたいです。
そうですね。ジュエリーって身につけると気持ちが引き締まったり、テンションを上げたり、おまじないとして使ってる人が多いんですよ。我々がつくっているものが、手にした人にとってかけがえのないものになっている。
例え旅行先で買った1000円の指輪であっても、それにまつわる思い出と共にすごく大事にしてる人はいて、修理を頼まれることがあります。そういう話をたくさん聞いてきました。結婚指輪だとわかりやすいですが、ジュエリーは人生を左右する力が確かにあるんです。だから、多くの人にジュエリーを身につけてみてもらいたいし、それが自社の商品だったらなおさら嬉しいですね。
身につけて「これ地元のなんだ」って言いたいです。
産地としては、百貨店やジュエリー売り場に気に入ったものがないときに、山梨を思い出してほしいです。甲府に行けばほしいものがかたちにできる、ほしいものに巡り合えると知ってほしい。
それが地場産業という文化に触れること。山梨だからこそのジュエリーの多様性に触れて楽しんでもらうことが、産地の役目だと思っています。
The Cell Broochの空枠ができるまで
●ロストワックス鋳造
ワックス素材でジュエリーの型をつくり、その型の周りに石膏を流すとワックスは消えてなくなり(ロストワックス)、型の部分が空洞になる。材料を流し入れれば、空枠ができあがる。一気にたくさんの型をつくることができる利点がある。
●やすりがけ
ロストワックス製法でつくったものには、素材を流し込むための通り道・ランナーがついているのでその部分などを削る作業。
●バフがけ
幾重にもなった布が高速回転しているので、そこに研磨剤をつけてジュエリーを押し当てる。
秋山製作所
秋山製作所
山梨県甲府市城東4-4-15
055-233-3101
8:30〜17:30
https://www.akiyama-pearl.co.jp/company
https://soel.jewelry/
製品に関すること、OEMをお探しの方などは気軽にお問合せください。
発酵兄妹
五味醤油の六代目の兄妹五味仁と洋子。家業のかたわら、「発酵兄妹」として発酵文化を楽しく広めるため奮闘中。今回のオンラインマルシェではナビゲーターを務める。