甲府駅から車で約15分。くねくね道を登った見晴らしのいい場所に、帯那ブルーイングの醸造所とホップ畑があります。醸造所はなんと大部分がDIYで、つくったのは大学でグリーンビジネスについて教えるデイブ・プルーカさん。ホップ栽培から始まり、地域を耕すビールづくりが今動きだそうとしています。
1年のはずだった日本滞在。
がっちりハートを掴まれて気づけば30年
私たちはデイブさんとは「ビールの人」として知り合っているけれど、これまでの本業は大学の先生で、来日してから30年くらい経つんですね。そもそも、なぜ日本に来たんですか?
もともと日本のビジネスに興味があったの。80’sの日本の経済発展はすごかったでしょう。アメリカとヨーロッパのことはある程度は理解できたけど、日本がどうしてこんなに勢いがあるの? って不思議だった。
日本に行くには、文部省のプログラムで高校の先生になるのがスムーズそうだったから応募して、1992年から東京都日野市の高校で7年間働きました。
本当は1年ぐらい日本で経験を積んで帰る予定だったんだけど……日本がデイブのハートを掴んじゃったんだよ。
あはは。なんでそんなにハートを掴まれちゃったんですか?
毎朝起きるたびに、別の国にいる感動があったんです。それまでは、ヨーロッパとアメリカで暮らしてきたから、すっかり欧米の感じ方や考え方に染まっていた。だけど、日本にいると毎日新鮮な気持ちを味わえるのがよかったのかな。
山梨に来るようになったのはどうしてですか?
八王子とか西東京地域にずっと住んでいたから、中央線で長野に行ったり、オートバイであちこち行ってキャンプをしたりして、山梨は身近だったんです。
あとは、私は太宰治が大好き。実は、日本文学にすごく興味があって、たくさん英語で読んだんだよ。小説家になりたかった時期もあったくらい。井伏鱒二と太宰治が甲府に住んでいた時期があるから、興味がありました。
山梨の、東京には近いけれど自然が多い環境もとても気に入ったんです。遊びに来るだけじゃなくて通うようになったのは、1998年ごろ。非常勤講師で都留市にある都留文科大学の英語教師をすることになりました。
その頃は東京に住んでいて都留市はちょっと遠いから、大学の寮に泊まったりしてね。焼き鳥屋に飲みに行ってローカルの人たちと話したり、周りには田んぼもあるし、好きな環境でした。
山梨で暮らすようになったのはどうしてですか?
だんだん東京に疲れてきてね。八王子から高尾、相模湖ってだんだんこっちに近づいてきて(笑)。
そして、たまたま15年前にこの土地をインターネットで見つけたんだ。古い家もついていて、リフォームして住むつもりだったんだけど、結局は自分でいちから建てちゃった。
甲府はホップに栽培に最適
専門分野のグリーンビジネスをこの地で
ここの土地を購入したときは、ホップを育てたり、ビールをつくったりすることは、考えてなかったんですよね?
全然考えてなかったです。私が日本に来た頃に一度、地ビールブームがあったんだけど、その時はあんまりおいしいと思えなかったんだよね。すぐにブームも去っちゃったし。
でも8年くらい前かな、東京にまただんだんとクラフトビールの店ができて、おいしいと感じるようになってきた。それで友達と「クラフトビールをもし自分がつくるなら……」なんて話をしていて、チャンスがあればやってみたいと思うようになっていったんです。
あとね、仕事で中国によく行っていたんだけど、そこでもおいしいクラフトビールに出合って、つくり手のアメリカ人とも友達になったりしてね。いよいよ自分がつくる方法を考えだしました。
私にはこの土地があったし、4、5年前には学生と米づくりなどの農業をやっていたから、ビールに関わることもできるんじゃないかといろいろ調べたんです。
そうしたらビールの原料のなかで、ホップの栽培に山梨が最適だとわかった。緯度が35度から50度までがよく育つゾーンなんだけど、ここは36度。それで2019年にアメリカンホップの栽培を始めたらちゃんと育った。
私は大学で、過疎地域の活性化について研究して教えているんですが、帯那も地域の問題を抱えていますよね。空き家も多い。だけど、もしホップを育てられたら若者の仕事もできるんじゃないかと考えました。
ちょうど我が家と畑の隣の家の持ち主が、今いるこの場所を譲ってくれたのもあって、ブルワリーをつくろうと思えたんです。フレッシュホップとビール、いいコンビネーションでしょ。春からは大学の先生は休職して、帯那ブルーイングの仕事に専念します。
大学教授からビールづくりってすごいシフトチェンジですね。
そうですね。特にビールづくりは、58歳という自分の歳や、日本の法律の厳しさや資金面を考えると難しいと思っていたんです。2年前くらいに本格的に準備を始めたんだけど、コロナでスケジュールは全部狂っちゃったし、ホップがベト病で全滅したこともあって、諦めそうになった。
だけど、ホップは去年ちゃんと収穫できて一安心。今は4カ所に畑があって、今年はもうちょっと収穫量も増えていくんじゃないかな。乾燥して100kgくらいになる量のホップができればと思っています。
DIYとクラフトビール仲間の手助けで
手づくりの新しい経済圏
保健所の許可が降りたら、すぐにビールをつくり始められるように準備は万端。4月にはここでできたビールが飲める予定です。瓶ビールも缶ビールも両方できる設備も揃えましたよ。
本当にいよいよ! とっても楽しみです。
そうなんです。ここまで来るまでに、たくさんのブルワリーの人たちがここに来て手伝ってくれました。例えば、ベアードビールのヘッドブルワーのブライアン。彼は、少し年上だけどアメリカ人で元大学の先生という共通点があります。4年くらい前にビールをつくりたいと思って相談に行って、それからとてもたくさんのアドバイスや手助けをしてくれました。
ほかにも、全国のブルワーが助けてくれて、日本のクラフトブルワリーのつながりはおもしろいです。
ここでもビールが飲めるようになるんですか?
はい。山の上にあるから「誰が来るの?」と言われることもあるけど、近所の人が飲みに来られる場所にできたらいいし、休みの日には意外とハイカーが多いんですよ。だから土日に12時くらいにオープンするお店を考えています。
今、この部屋に6つのタップ(ビールの注ぎ口)をつくっているところなんだけど、ここで飲みながら下を覗くとビールのタンクがあるのがいいでしょう?
普段は軽食を出して、イベントのときにはゲストに料理をつくってもらって、といろいろと計画はしています。
「ホップアグリツーリズム」ができると思うんです。帯那に産業はあまりないけれど、ブルーベリーをたくさん育てていたり、土地もたくさんあるから、ブルーベリースタウトとかIPAとか、フルーツビールもいろいろとできるんじゃないかな。ホップも、カイコガネをはじめとして21種類も育てているから、いろんな組み合わせができるはず。
それは夢が広がりますね。15年前にこの土地に出合ってから、ずいぶん帯那も変化しているんじゃないですか?
そうなっていけばいいなと思っています。この土地の魅力は、この土地で生まれ育って暮らしてきた人たち。だいたい70代、80代なんだけど、とっても優しいの。うちには1歳半の娘がいるんだけれど、「赤ちゃんは何十年ぶり」って言って、すごくかわいがってくれています。
私はずっと大学でグリーンビジネスのゼミで教えているから、若者が次世代のことを考えて行動していく必要性をすごく感じています。私が日本に来た30年前のような経済には戻れない。地方の過疎化もどんどん進んでいくから、本当は若者が地方で暮らし、働けることが大事。ここにはその可能性があると考えています。
オビナブルーイングの仕事だけでも、農業、醸造、イベントプランニング、営業、マーケティング、建築や構造、土地や水のこと……全てのビジネス領域に関わるといっていいほど、できることがたくさんあります。
みんな、ブルワリーの名前に想いを込めるでしょう。私はここが大好きで、ホップも帯那産のものを使える。帯那のストーリーを伝えたいから、周りに住んでいる人たちの意見を聞いて地名をそのままつけました。
ツアーをするなら、ビールティスティングをして、ホップ畑を案内する2時間くらいのプログラムができそうだな、なんて思い描いています。地域の人に代行業をお願いしたり、ホップ畑を任せたり、新しく麦や果実を育ててもらってもいいかもしれない。マンパワーをいかせる方法もいろいろあるはず。これから始まる挑戦にワクワクしています。
山梨県内のクラフトビールを飲み比べ
はっこうスペシャルBOX「ビールで乾杯セット」
せっかくなので、今回オンラインショップでセットになる4種類のビールを飲んでみましょう。
並んでいる4つのブルワリー、全部行ったことあるよ。ここに来てくれたことがある人もいます。
本当に県内の醸造家さんたちはみんなつながってて素敵です。ではまず、低温発酵・熟成のエールビール、ペルソナブルワリーの「プリンセスケルシュ」を。
いろんな料理に合わせやすそうだね。
うん、これはしっとり落ち着いた感じ。安心して飲める感じがあるなぁ。
次はアウトサイダーブルーイングの「DrunkMonk Tripel」です。
これは、アルコール度数が8%で結構高いよね。ベルギービールみたい。アウトサイダーのビールの中では私はこれが一番好きかな。
アウトサイダーの定番ですね。ブリュワリーの上のレストランで飲むときにも、いつもこれは飲んでいます。アウトサイダーも、ペルソナも、そして帯那ブルワリーも、甲府市内のブルワリーは全部、その場で飲めるってことだね。あらためて考えるとすごいなぁ。
帯那ブルワリーができたら、ますます楽しくなるね。
では次は甲府からは少し離れて、小菅村にあるファーイーストブルーイングの「Passion Haze」にいきましょう。
これはすごくフルーティー。沖縄のパッションフルーツを使っているみたいだけど、色もきれい。
すごくパッションフルーツの香りがして、華やかだね。
最後は、北杜市にあるうちゅうブルーイングの「ETERNITY」です。うちゅうのビールは紹介文も個性的。「ブラックホールとホワイトホールの間、インフィニティの先に完全な永遠が存在する。私たちは宇宙だ!君が宇宙だ!(以下略)」本当に山梨にあるブリュワリーはどれも個性があっておもしろい。
お、まずはホップの香りがするような……。
うん、これはまさにホップの味がするビールだね。ホップのアロマをいかせるつくり方をしているのが、うちゅうのビールの好きなところ。
これもアルコール度数は8.5%で結構強いビールなんだけど、私もこのくらい強いフルボディのビールをつくりたいと思っています。飲み比べするときには、アルコール度数の違いも楽しいよね。
4つを同時に飲むと、違いがおもしろいですね。1人だと4本一気に開けるのは難しいかもしれないから、友達や家族と一緒に飲み比べもぜひしてみてほしいですね。
デイブさんはどれが好みでしたか?
うーん……どれもおいしい。全部かな!
帯那ブルーイング(Obina Brewing)
山梨県甲府市下帯那1908-1
https://www.obinahops.com/jp
発酵兄妹
五味醤油の六代目の兄妹五味仁と洋子。家業のかたわら、「発酵兄妹」として発酵文化を楽しく広めるため奮闘中。今回のオンラインマルシェではナビゲーターを務める。