こうふの「はっこう」を訪ねて

山梨のぶどうを醸してつくる
日常に寄り添う気取らないワイン

訪ねた場所 :
シャトー酒折ワイナリー

文:小野民 写真:西希

甲府盆地を一望できる愛宕山の中腹にあるワイナリー、シャトー酒折ワイナリー。1991年、日本ワインの原点である山梨でワインをつくりたいと開業しました。山梨中から集まるブドウを仕込み、この土地ならではのワインに仕上げるとはどういうことなのか。製造部長の井島正義さんがワイナリーを案内し、シャトー酒折のワインについて話してくれました。

甲府でワインをつくる理由

発酵妹

甲府市にある4軒のワイナリーのうちのひとつが、シャトー酒折さん。いつ来ても本当にいい眺めで気持ちいいです。

まずはどうしてこの場所にワイナリーをつくったのかをうかがいたいです。ブドウの産地でワイナリーが多い場所でいえば、甲州市の勝沼地域なども候補になりそうです。

井島さん

シャトー酒折は、1991年にできたワイナリーです。母体は甲府の会社ではなく、関西が拠点の海外のワインを輸入・販売している会社。輸入ワインを扱ってきたけれど、自分たちでもワインをつくってみたいということで、山を拓いて、ワイナリーをつくったのが始まりです。

ワイナリーに遊びに来てもらいたかったのが、ここを選んだ理由です。山梨でつくったワインを買ってもらうだけじゃなくて、実際につくっている現場を見てもらったり、産地で味わってもらうことでシャトー酒折ワイナリーを知ってもらいたい想いがありました。それは今も変わりませんね。

発酵妹

はじめから、お客さんに来てもらうことを想定してワイナリーをつくられたんですね。

井島さん

はい。30年前は今以上どうやってPRしていくかが課題で、見学に来てもらえる、来たいと思ってもらえる場所をつくる必要がありました。

発酵妹

今でこそ日本ワイン自体は当たり前になってきていますが、30年前はきっと、海外のワインが主流でしたよね。

井島さん

それが、「国産ワイン」は海外のものより売れていたんです。ややこしいのは「日本ワイン」じゃないこと。国産ワインはあくまで国内で製造していればいいわけで、輸入したワインと日本の甲州を混ぜたワインが主流でした。

実は、親会社がもともと全国に販売ルートを持っていたので、国産ワインをつくれば売れるだろうと考えていたんです。

それが1997年ごろの赤ワインブーム以降から変わっていきました。
チリワインなど、海外から安くておいしいワインがたくさん輸入され、国産ワインはあまり売れなくなってきました 。そこで、多くのワイナリーが日本で収穫されたブドウだけでつくった「日本ワイン」に力を入れ始めました。まだまだ 日本ワインの生産量は全体の2割くらいなので、もっとPRが必要だと思います。
今ではうちは海外原料は使っていないです。

発酵兄

今はたしか海外原料を使っていたら、明記しなくちゃいけないんですよね。原料のブドウはどこで栽培しているんですか?

井島さん

敷地内に0.5ヘクタールの畑があって、シャルドネ、シラー、マスカットベリーAを育てています。今回はっこうマルシェのオンラインで購入できる「甲州ドライ」の原料の甲州は、自社農園で栽培したものではないんですが、山梨県内各地の農家さんから購入させていただいたものでつくっています。

山梨中から届くブドウを受け入れる、大きな設備だからできること

井島さん

うちのワイナリーの特徴のひとつとして、製造設備が非常に大きいことが挙げられます。甲州ドライの原料についていえば、甲府エリア、韮崎エリア、南アルプスエリア……ずいぶん広いエリアから運ばれてきているんですよ。

発酵妹

たしかにそれぞれの機械が大きいですよね。最初にあるのは、ブドウを搾る機械ですか?

井島さん

そうです。ここに各地からトラックに積んだブドウがやってきて、まずはブドウを搾ります。1日に7.5トンずつ、2日で15トンものブドウを搾るんですよ。できるジュースの量は大体11000リットルくらいです。

発酵妹

全然想像がつかない量です!

井島さん

そうでしょう。ブドウの量はケースでいうと1500個かな。

発酵兄

すごく多いということだけはわかります(笑)。それだけの量のブドウは、どうやって購入しているんですか?

井島さん

ブドウができる時期に、いつも購入している農家さんに「これくらい欲しいです」と伝えておくと、農協さんと調整してくれて、シャトー酒折分を確保してくれます。ただ、甲州は不足気味で、なかなか希望する量を確保するのが難しいですね。

天気が悪いと収穫量は減ってしまうし、こちらがどれだけ仕込もうと思ってても、ブドウの収穫量は変動しますから、博打を打つみたいなところもあります。

発酵兄

15トンのブドウの搾りかすってどのくらいの量なんでしょうか?

井島さん

うーん、だいたい1トン弱かな。出たカスは軽トラで畑まで運んで、土に入れてきれいにならして肥料にします。なかなかの肉体労働で大変です。

発酵妹

搾ったジュースはこの大きなタンクに入れるんですか?

井島さん

はい。13000リットル入る発酵貯蔵タンクが18本あります。
発酵させる前に糖度が不足していれば砂糖を足して、ドライイーストを入れて発酵させます。

「高品質なワイン」のイメージでいうと、畑を限定して、少量でいいブドウを使って、というイメージを持たれるんですけど、うちの場合は、「リーズナブルだけどおいしい」「日常で楽しんでもらうワイン」が主力です。

製造設備が大きいぶんだけ、たくさん仕込むことも大事。大きなタンクにワインは少しだけ、となれば酸化しやすくなりますから。だから、当社の場合は農協さんや地元農家の方からぶどうを分けていただいて、量を集めてつくっているんです。

井島さん

では地下のワインセラーに行きましょう。今はコロナ禍で見学はできませんが、コロナが落ち着けば製造工程の部分と合わせて、地下のセラーも見学いただけます。

発酵妹

わぁ、木の樽がたくさん。瓶のワインもたくさん保管されていますね。

井島さん

ワインの瓶は8万本くらい、木樽は100〜120個くらいあります。樽に書いてある文字は樽の容量検査を行った日なので、樽を購入した時期と思っていただいて構いません。樽の中で熟成させるワインがあるんですが、新しい樽に入れた方が木の香りがするんですよ。最終的にどんな味にしたいかを思い描いて別の樽に移し替えたりもします。

1ヶ月に1回は樽の中の量や味をチェックして、雑菌が入らないように蒸発した分を継ぎ足したり、入れ替えたり、メンテナンスも必要です。1〜2年くらいそうやって貯蔵するので、大きなタンクで熟成させるよりもだいぶ手間はかかっています。

ワインを小難しくしたくない。
「ワインの楽しい思い出」を甲府でつくってほしい

発酵妹

甲州ドライは、その名もずばり山梨発の品種のぶどうを使っているし、この土地らしいワインだと思うのですが、日本で、さらに絞れば山梨でワインをつくるってどういうことでしょう?

井島さん

日本は海外の産地に比べたら高温多湿なので、畑の環境も室内のワイナリーの管理も難しい部分があると思います。そういう意味では日本は特殊な産地です。

他のお酒や発酵食品なら、熱を通す工程があったりするでしょう? そうするといろいろリセットできる面もあるんだけれど、ワインは完成まで熱を一切入れません。だから、病気の菌が入ってきたり、カビが生えたりしないようにすごく注意する必要があります。

天然酵母じゃなくドライイーストを使うのも、ワインづくりには適さない菌の繁殖を防ぐためでもあります。

発酵妹

なるほど。私たちにとっては、この気候だからこそ麹がつくれるけれど、ワインにとっては厳しい環境なんですね。特に、甲府は盆地特有の気候ですが、ブドウにも影響しますか?

井島さん

甲府の特徴といえば、夏の夜に気温が下がらないことかな。そうすると、ブドウは夜に充分に休めないから、酸を消費してしまうんです。酸のキリっとした感じより、ちょっと重みのある感じになります。

発酵妹

私は家に常備するくらい甲州ドライが好きなんです。いろんな食事に合うし、本当に気取らずに飲めるのがすごく良くて。常々、地元にこんないいものがあると知ってもらいたいと思っています。今日はグラスに入れてますけど、コップで気楽に飲む文化も広まってほしいです。

井島さん

ありがとうございます。甲州ドライは、まさに感じていただいてる通りのワインなんです。山梨のほぼ全域のブドウを使っていて、ブドウも普通のおっちゃんおばちゃんが育てている。気軽に飲んでいただけるし、お料理の邪魔をしない、一晩でボトル一本開けれるような飲み口のワインになっていると思います。

発酵兄

気軽に、日常使いにっていうのが井島さんが目指すワインなんですね。

井島さん

そうですね。例えばビールに比べたら、ワインはまだまだ敷居が高い存在になってしまっている。日本人が年間で飲むワインの量は、海外のものも含めて一人当たり4本が平均なんだそうです。詳しくないと選べないとか、小難しいイメージなんかもついてしまっています。そのイメージを変えていきたいです。

発酵兄

僕たちは飲みに行っても当たり前に山梨のワインを飲むけれど、それはやはり産地に住んでいるのが大きいのかもしれませんね。こうやって醸造家の人たちが身近にいて、スーパーやドラッグストアでも地元産のワインがたくさん並んでいますから。

もしかしたら、あまりワインを飲まない人は、ワインの楽しい思い出が少ないのかもしれませんね。奮発して買ったけど好みじゃなかったとか、悪酔いしちゃったとか……。

井島さん

それはあるかもしれませんね。そう考えるとやっぱり、安定感、安心感のあるワインをつくっていくことが大事。ワインを気軽に楽しむ人を増やしていきたいです。

意外な組み合わせを楽しむ、発酵珍味とのペアリング

発酵妹

今日はせっかくなので、はっこうマルシェのオンラインで買える「はっこうスペシャルボックス」の珍味を持ってきたので、甲州ドライとのペアリングをしてみたいです。

セット内容は、アウトドア納豆、西伊豆の潮かつお切り身、佐賀呼子の松浦漬け、山梨の名産である信玄食品さんのアワビの煮貝です。

このラインナップは、日本酒によく合うのはもちろんなんですが、せっかくならワインと一緒に味わってみたらどうかな、と。

(一同真剣にペアリングタイム)

井島さん

松浦漬けは鯨の軟骨の酒粕和えなんですね。初めて食べるし、酒粕の風味とワインが合うのか不安だったけど、なかなかいけますねぇ。

発酵妹

よく考えたら、日本酒とワインを合わせているって不思議ですね。

発酵兄

その組み合わせでケンカしないのはすごいです。もしかしたら輸入ワインだとちょっと合わないかもしれません。甲州ドライには酒粕も合う。新たな発見ですね。

潮かつおは、単体だとちょっとしょっぱいので、アンチョビのように使うと良さそう。パスタのアクセントに使えば、これも甲州ドライに合いそうですね。

発酵妹

今回、甲州ドライと共に販売する甲府のワイン、ドメーヌQの「甲府ロゼスパークリング2021」も合わせてみて、いかがですか?

井島さん

これは、煮貝によく合いますね。すごくしっくりきます。

発酵妹

ロゼと煮貝っていうのも新しい感じがしますね。日本の珍味って普段ワインと合わせるイメージがないから、発見があってとても楽しい。ぜひみなさんに体験してもらいたいです。

発酵兄

この組み合わせで飲んでいる人は、まずいないでしょう(笑)。こういうペアリングができる居酒屋があったらいいなぁと妄想しちゃいます。

発酵妹

そんな体験ができたら、「ワインの楽しい思い出」になりそうですね。発酵マルシェでいつかやりたい!

シャトー酒折ワイナリー株式会社

山梨県甲府市酒折町1338番地203
9:00~16:00(年中無休※但し年末は休館)
TEL/FAX:055-227-0511/055-227-0512
※その他、見学などについてはHPを参照ください。
https://www.sakaoriwine.com/

発酵兄妹

五味醤油の六代目の兄妹五味仁と洋子。家業のかたわら、「発酵兄妹」として発酵文化を楽しく広めるため奮闘中。今回のオンラインマルシェではナビゲーターを務める。

ワインで乾杯セット

甲州ドライ2020(白)、甲府ロゼスパークリング2021

4,620円(税込)