2020年に甲府に誕生した仮面(ペルソナ)という名前を冠したブルワリーは、ひととき仮面を外してくつろげるような居心地のいいビアバーです。ここでビールを醸造し、店にも立つのが高橋添(そえる)さん。現在もケアマネージャーとして働く彼女は、なぜブルワリーをいちからつくる道を選んだのでしょうか。
趣味の1人旅ブルワリー巡り
地元で叶えるには?
甲府に2軒目のブルワリーができて、飲みに出かけられる場所が増えて嬉しいです。高橋さんは、どうしてペルソナブルワリーをつくろうと思ったんですか?
つくり手とビールの話をしながら飲める場所を提供したいと思ったんです。特に、女性1人でも気軽に飲みに来れるようにしたいと思って、実際にそういうお客さんがよく来てくれています。
高橋さんがつくり手で、東京に修業へ行かれたんですよね?
そう。世田谷の「ライオットビール」で研修させてもらいました。仕事をしながら先方の醸造日に合わせて、甲府から通って計7カ月ぐらいですね。
仕事をしながら……たしか今もケアマネージャーの仕事と両立しているんですよね。なぜ仕事をしながらも、ビールをつくるところから始めようと思ったんですか?
私は、ビール好き、旅行好き。行く先々に地ビールってあるでしょう。そこに行ったら全部飲んでみたい気がして、実際そうやって旅を楽しんでいたんですが、歳をとってお酒が弱くなっちゃって。
どうしたら新しいビールの楽しみ方ができるか考えて、その答えが「自分でつくってみよう」だったんです。
飲む場所だけじゃなく、醸造しようと思うのがすごいです。
そうですね。なぜかバーを経営するよりも、ビールをつくりたい気持ちが大きかったです。
あとはせっかく周りに畑がある環境にいるから、地域の農家さんの野菜、果物をたくさん使ってつくってみたいと思いました。
すごい行動力だと思うんですが、周りの反応はどうでしたか?
家族は、「またなんか始まった」って感じでしたよ(笑)。昔から気が向いたらいろんなところに勝手に行くタイプだったから。子ども3人はもうみんな成人して遠くにいて、お店にもまだ1回くらいしか来れていないんですけどね。
二足のわらじをはきながら
とことんDIYでやってみる
今もケアマネージャーの仕事をしながら、ペルソナブルワリーを運営しているんですよね。
ものすごく忙しそうですが……。
ケアマネジャーの仕事は、平日の朝7時頃に事務所に行って10時頃までに終わらせます。書類書いたり手続きしたりを集中してやって、その後はだいたいペルソナブルワリーの仕事です。土日はだいたいビールのことをやっています。
ケアマネージャーの仕事は長いんですか?
10年前に証券会社を辞めてからホームヘルパーとして働いて、介護福祉士になって、最短の5年でケアマネージャーになりました。だから、ケアマネージャー歴は5年くらい。
でも、また新しいことにも挑戦したくなって、今はビール醸造も(笑)。
証券、介護、ビール醸造、次もまたなにかありそうです。
いやいや、どうでしょう。いつもあまりじっくり考えず、すぐ行動してしまうタイプだから……。
あちらに見えるタンクでビールをつくっているんですね。
150リットルのタンクが4つあります。商社を通して輸入するとすごく高いから、自分で中国まで行って、google翻訳を駆使して買い付けてきました。運ぶのとかいろいろ大変だったんだけど……それでも半分くらいの値段で収まりました。
この建物も大部分は自分ともう一人の役員の2人でリフォームしたんですよ。
すごいなぁ。醸造はどんなサイクルでやっているんですか?たしかビールは仕込んでから完成まで1ヶ月くらいですよね。
月4回仕込んで月に500リットルぐらいできる計算です。そうすると1年で醸造免許の最低量である6000リットルになる。
それでこの大きさにしたんだけど、6000リットルを満たそうと思ったら仕込み続けなくちゃいけないし、イベントにも出てみたいけど、お店の分でなくなっちゃう。
もうちょっと大きなタンクにすればよかったとも思うけれど、何事も実際にやってみなくちゃわからないですからね。
そういえば、味噌はどんな単位で仕込むんですか?
うちは木桶で仕込むんですが、直径が2メートルぐらいで、高さも2メーター越えるくらいで4000キロ容量です。
大きいんですね! 昔からその桶で?
そうです。その桶の中身を1カ月弱で売ってまた仕込んで、というサイクルです。
よかったら今度見に来てください。
ぜひ見に行かせて。そんなにたくさん仕込んで、失敗はしないんですか?
みそは……失敗しないかな。手前味噌が一般的なくらいですし。でもビールはそうはいかないですよね。
そうなんです。ここのところ、気温が低くて発酵がうまくいかなかったりして……。
どうしても商品にならないと思ったら、税務署に届け出て捨てなくちゃいけない。でも自分の子どもみたいに感じているから、辛いんです。
タンクの中で酵母が生きていてポコって鳴ったら「生まれた」って気がするし、ポコポコ育っていくのも、酵母によってそれぞれみんな性格が違うんですよね。
めちゃめちゃいい話ですね。
すごく暴れん坊な酵母だったのに、できあがりはおとなしい味だったり、ずっと育てるのが楽だったのに、できあがってみたら「あれ?」って感じだったり、いろいろです。
とはいえ、醸造を始めたのは10月からで、まずは1年通して経験してみないといけません。季節や気温、水の質も季節によって変わるので、pH(ペーハー)も調整もしながらやってるんだけど、とんでもなく酸っぱくなっちゃったりとかいろいろあります。
まだまだ試行錯誤で、醸造に関しては毎日悩みながらやっています。なかなかうまくいきませんが、「うまくできた!」って時は、本当に嬉しいです。
今回、はっこうマルシェで買える「はっこうマルシェレジェンドセット」に入るビールはどんなビールですか?
シトラホップをたっぷり使った香り豊かなIPAです。苦みが控えめだから、苦いのが苦手な人でもいけちゃうと思います。
合わせるなら香りに負けないしっかりした味つけの料理がいいかな。
さわやかですねぇ。今回ラー油もセットに入れるんです。そのラー油が香りが強いので、香り×香りで楽しめそうです。
「小さい」を生かす
お客さんと二人三脚のビールづくり
試行錯誤でも、「続ける」ってすごいことです。
つくることは本当に苦しいんだけど、バーがあるから救われています。私がつくるビールを「おいしい」って飲んでくれている人をみると嬉しいです。
たとえばカップルで来たら2つ頼んで、両方味見して「私はこっちが好き」「僕はこっち」とか会話も聞こえるでしょう。聞いているとその評価って人それぞれで、私の予想とは違うことも多いんです。すごく勉強になります。
よく「ビールは科学」っていうじゃないですか。でも、私は数字に疎いこともあって、「ビールづくりは料理に似ている」って思っています。
肉じゃがだって甘めのほうが好きな人もいれば、しょっぱいのが好きな人もいるし、卵焼きだってそう。だからビールも、お客さんたちの顔を見て声を聞きながら、調整していきたい
です。
つくり手に注いで出してもらえるお店って、すごくぜいたくです。
私自身がそういう店に行ったことがあって、魅力的だと思っていました。ただビールを飲むだけじゃなくて、「こんな酵母を使って、こうやってつくって……」なんて話を求めて来てくれるお客さんもいるんですよね。
あとは子どもたちの友達がよく来てくれるんですけど、近い関係性から生まれることもあって。
この間、末っ子の友達の結婚式がコロナの影響で再延期になってしまったんです。何かできないか考えて、2人で体験醸造をしてもらって、できあがったビールにオリジナルのラベルをはって結婚式で配る準備をしよう、と。
色、味、苦み、香り……サンプルから選んでもらって、ラベルは彼らがデザインしたビールができました。今回は試験的だったんだけど、余裕があればやっていきたいことのひとつです。
すてきです! すごくいい思い出になりますね。
小さいからできないこともあるけど、小さいからこそできる、飲み手に寄り添ったブルワリーを目指したいんです。
あと甲府のブルワーってみんな女性なんです。下帯那に新しくできるブルワリーのブルワーも女性なんですよ。だからコラボレーションしてみたいです。
そっか、新しいブルワリーもそうなんですね。すごいなぁ。
またリアルではっこうマルシェができたら、女性3人の醸造家さんのトークとか、みなさんがつくったビールが飲めるとか、そんなイベントをやりたいです。
ペルソナブルワリーさんができて、楽しく飲める場所が増えたのも嬉しかったし、これからの展開もワクワクします。あらためて、甲府は楽しくなってきましたね。
PERSONA BREWERY
山梨県甲府市朝日2-18-4
055-244-6308(090-4014-8983)
(木・金)17:00~21:00(土)15:00~21:00(日)13:00~19:00
月〜水曜日定休
※定休日、営業時間は変更になることがあります
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発酵兄妹
五味醤油の六代目の兄妹五味仁と洋子。家業のかたわら、「発酵兄妹」として発酵文化を楽しく広めるため奮闘中。今回のオンラインマルシェではナビゲーターを務める。